2009.4. - 2017.4

先ほどHOPKENで杉本くんとおとうた通信の話をしていました。最初はおとうた通信の前身となるような情報サイト?というか、個人が運営するイベント情報と感想のまとめサイトみたいなものがあって、これについては10年以上前のテクノポリタンミュージアムというイベントのときに関係者で話題にしていたことを覚えています。実際のところおとうたの吉田さんはこれよりもずいぶん前からサイトを運営されていて、関西周辺のイベント情報を外に広めたり、僕の出演するイベントについても、大きいものから小さいものまで、だれよりも早く、だれよりも細かく、情報をあつめてはご紹介していただいたのですが、ご本人にお会いしたことはなく、現場によく現れる人のなかで、いったい誰がサイトの運営者なのか、という憶測が界隈で飛び交っていたものです。後に彼のサイトは「おとうた通信」と名前を変え、これが紙媒体となり、それからまる8年間、たったひとりの完全な独立体制で毎月フリーペーパーを発行しつづけてこられました。紙媒体になってからはときどきイベントも主催されて、僕も何度かお声かけいただきました。心斎橋にあるギャラリーでパフォーマンスを依頼されたときに、ビル全体が停電状態になって、真っ暗やみのなかアカの他人同士が長時間を共にしたことは印象に残っています(あれ以来停電ライブはやめましたが)

 

 

紙のおとうた通信は今月で最終号となるのだそうです。一度だけ僕も表紙と中の漫画を描かせていただきました。関西にいないことが多いのでとくに最近は手に取るこさえできない日々でしたが、たまに大阪にもどったとき外にでるきっかけとして、おとうた通信でも取りに行くか、ということがひとつありました。実際にイベントに出かけなくても、名前が載ってるのをみて活動を続けていることが確認できる人たちがいたり、というかそもそも吉田さん自身がそういう存在なんで、紙を手に取ることでどこか本人にお会いしているような気にもなるものです

 

2010年、小西小多郎くんが運営していたAD&Aギャラリーが解体されるときに、今度は僕のほうからお声かけして、吉田さんに出演いただいたことがあります。奇跡のような瞬間が無数に散りばめられた16時間のなかで、吉田さんの出演場面で起こったことは個人的に最も印象的な出来事のひとつで、その後の作品をつくるヒントにもなったりもしました

 

https://www.siranami.com/2010/08/28/オールナイト解体/

 

フランスへ帰る友人を全身全霊のソウルで送り出したウォンちゃんの熱いパフォーマンスが忘れられない。大トリを飾った坂出さんのひょうひょうとした佇まいも印象的でした。あれは坂出さんのパフォーマンスのなかでもマスターピースのひとつだとおもいます。2人とも亡くなってしまったので、僕が影響を受けた偉大な両者のパフォーマンスを見ることはもうありませんが、それでも、あの日のことはしっかりと記憶に焼き付けてあります