向かいのベッドのHさんは毎日、痛みのレベルを数値で確認され、痛み止めを処方されてる。5段階のどのあたりですか、4よりちょっと上くらい、じゃあすぐに飲まないとダメですね、みたいに。夜中なんかでも、時々うなされて、ベッドの角度を変えながら耐えてるのがわかる。僕の場合は、入院してわりと早い段階で、じっとしてればほとんど痛みも無くなったので、Hさんが長いこと痛みとともにあることをおもうと、同情せずにはいられない。とはいいつつ同じ病室の人とはなるべく親交を深めたくないし、その気持ちはおそらくこの病室にいる全員が共有していて、顔を合わせることがあっても声を出して挨拶することはない。ただ、Hさんとだけはこれまでで2度、一言ずつ言葉を交わしたことがあって、一度めはそのときにもちょっと書いたけど、隣りのベッドに入院してきたおじさんが、Hさんの歯ぎしりにキレて怒鳴りだした夜のこと。おじさんにちょっと注意してナースコールをしたら、後でHさんから「ごめんなあ」と謝られて「いいえ」と返事した。このころまだHさんという名前もしらなかったけど、入院したてだった隣りのおじさんとは違って、僕はHさんが毎晩痛みと戦ってることを知っていた。2日前、僕に尿路結石がみつかって、でも最初は筋肉痛だと診断されたもんだから、痛みを態度で出すことが恥ずかしくて、悶絶しながらも息を殺してフーフーやりながら耐えていた。すると急に吐き気を催して、ドバーっと胃の中のものを全部戻してしまったとき、その音を聞いたHさんが「梅田さん吐いてるよ」とナースコールした。寝たきりのころ使ってた洗面器から溢れるくらいの液体をでろでろ吐きながら「Hさん、ありがとう」とお礼をすると、Hさんが「いいえ」と応えたのが、2度め。その2回ともがお互いのカーテン越しで交わしたやりとりで、未だにちゃんと顔を見たことはない。痛みは油断してるとやってくる。治まるごとにもう終わったとおもってるので、また始まると本当にうんざりする。どうやら朝方に多いのかな。痛み止めの注射をしてしばらく悶絶してると、少しずつ楽になって、やがて歩けるようになる。食事に手をつけてないのがわかると、痛みを察した看護師さんが一声けけてくれるのだが、向かいのHさんのところでも同じようなやり取りがあるのを聞いて、Hさんも痛みで食べられなかったことがわかる。でも今だとこれが同情には結びつかず、せっかく配膳された食事を無駄にしてしまうことへの妙な共犯意識が芽生えるというか、痛いながらも、ちょっと嬉しい気分になるというか。といってもHさんがどんな人かわからないし僕と違って大変なご病気なので、これは一方的な妄想の話だけど