僕がいる階は、集中治療や、比較的症状の重い人たちが入院している病棟だということを、今まで知らなかった。他の階はもっとゆったりした療養のための病棟なんだって。これを聞いて廊下を歩くと、これまでとは少し見え方が変わってくる。僕がいる病室は廊下の奥なので、エレベーターを降りてからここまで来るのに、病棟を縦に突っ切る必要がある。自分にはいつものことだけど、初めての人、今まで面会に来てくれた人たちは、ときに誰かが大声で助けを求め、ときに誰かが慌ただしく処置に駆け回るなか、どういう気持ちでここを通過してきたのだろう。微々なんていつもひとりで来てあっけらかんとしてるけど、自分だったら小学生の頃、ひとりでここを通ってこれただろうか。ナースステーションの奥にある集中治療室の存在に気づいたのも、ほんの数日前だ。同じ日に、リハビリのため非常階段を歩いて1階から出たとき、またストレッチャーに乗って布をかけられた遺体と遭遇した。今度は家族に付き添われた状態で、外に出ていくところだった。夕方から、どこかの病室で誰か歌っているのが聞こえる。ずっといた人が今日になって歌いだしたのか、歌う誰かが今日入院してきたのか。ゆったりとしたハミングで、とてもきれいな声。このところ大声をあげてわめいたり怒鳴ったりする人が多くなってるので、これをなだめているように聞こえる。どんなに気にしてないつもりでいても、大声をあげられつづけるとしんどい。病室まで同じだったら、相当なもんだろう。僕も寝たきりのときに怒鳴る人が隣りにいたことがあるのでわかる。誰かが「エーデルワイスや」と言ってるけど、違う。いま聞こえてきてるのは菊池章子の「星の流れに」だ。歌うのは自分のためかもしれないし、大声をあげる人のためかもしれないし、周りの人のためか、そのいずれでもないかもしれない。でも少なくともこの場には響いた。とてもよく聞こえていた。また歌ってくれるだろうか。今日はリハビリも休みで、久しぶりに会う人とゆっくり話ができてよかった。今の生活に曜日も何もないけど、なんとなく、この2ヶ月で初めて祝日を過ごしているという実感。松見くんが屋上で髪を切ってくれた。カバンから養生シートとマスキングテープを取り出して、切った毛が散らないようにチャチャっと、鮮やかな手つきで。途中雨が降ってベンチでお茶してるとき、初めて屋上で自分以外の患者と遭遇するも、気を使われてしまったのか、すぐにいなくなった。北西に見える高層ビル群は、弁天町にある高さ日本一のマンションらしい、そういえば