レントゲン、もう自分で行けますかね、場所わかります?と訊かれて、はいわかります、と答えたけど、ぜんぜんわかってなかった。これまでストレッチャーで寝たまま行ってたので、方向と位置関係が掴めてなかった。ついにベッドの角度を90°まで上げる。午前中のリハビリの内容を受けて、院内の移動にも、車いすをやめて歩行器を借りることになった。リハビリの兄さんは僕の体つきをみて、僕のこれまでの肩こりの原因は、腕のちからでなんでもやりすぎるところにあると指摘する。筋肉のバランスでわかるんだって。言われてみるとまさにそのとおりで、普段からモノを持つも運ぶもぜんぶ腕でやってしまってる。ということは、力が落ちてる今がチャンスで、これからもっとバランスよく体をつかうことを覚えると肩こりも消せるということか。体のことにはこれまで興味がなかったけど、ちゃんと知らないと使いこなせない、普段使ってる道具やなんやと何も変わらない、と考えたら少し面白くなってきた。リハビリから戻ったら小沢さんが面会に来てくれていた。ヘルニアで1ヶ月寝込んでいたらしく、結局また、お互いの体の話。これはつまり年を取ったということで、楽しい話のトピックがひとつ増えたようなことなのかもしれない。話の盛り上がりついでに調子に乗って少し外に出ようとしたら、最初の駐車場を抜け出すところでもたもたして先生と鉢合わせてしまい、そのまま無言でUターンして病室まで戻ってきた。えらい気まずかった。戻ってくるとき、出入りする裏口のところで、布で覆われたまま外に運ばれていくストレッチャーとすれ違う。瞬間で「あ、死体」と感づいて、胸がざわつくのと同時に、なんだかわからない違和感をもった。あのときの違和感が何によるものだったのかをしばらく考えて、ストレッチャーを囲んでいたのが病院のスタッフだけで、遺族や友人らしい人がいなかったことに気づく。するとそこには情緒のようなものはなく、だから「遺体」ではなく「死体」と感じたのかもしれない。あらためてそうか、病院とはそういうところなのだ