先生と看護師さんのサポートで、リクライニングのついた大きい車いすに移動する。全身から冷や汗。胃酸が逆流してきたけど、気持ち悪くはない。でも緊張がものすごくて、あごが痛い、口の中が渇いてたまらない。ペットボトルの水を飲みながら、ドキドキで病室の外へ出る。同室の人たちの顔を見ることができない。廊下ですれ違う看護師さんも別人みたいだ。今まで下から見上げたことしかなかったから、顔が全然違って緊張する。あー車いす乗ってる!みたいに声をかけられると一応会釈はするけど、恥ずかしくて直視できない。ナースステーションの前の談話室に入って、窓際で停車。じゃあここで小一時間くらい日光浴でもしますか、と言われて、そのまま放置。この車いすは自走できないので、放置されるともう身動きがとれない。そんな無茶な、とおもいつつも、平静を装ってベッドから持ってきた読みかけの本を開くも、活字を目でなぞっても全く頭に入ってこない。まず、後ろのナースステーションが気になる。それぞれ一人ずつしか会ったことのない看護師さんたちが一同に介している。頭で考えると当たり前のことと理解できても、実際ものすごい違和感だ。一緒になるはずのない人たちが同じ空間で存在しているかのような、ファミコンジャンプのような、アベンジャーズのような。もちろん直視できるわけがないので、後ろに気配を感じながら、本を読もうと努力する。目の前の窓を開けてもらって、15センチくらいの隙間から、今度は外の景色をみる。とくに感慨深いこともなく、あー電車が走ってるなとか、自転車に乗ってるなとか、大きいもの抱えて歩く人だなとか、ただそういうことの連続なのに、一時も目を離さずに延々と見続けてしまう。車のノイズが凄い。まったく途切れない。ステレオ感がものすごい。差し込む日差しも、吹き込む風も温かい。歩いてる人の服装もすっかり薄着になってる。情報量に圧倒されて、もう本を読むことはあきらめた。よぼよぼのおじいさんが、お茶を汲んで僕の隣りに座る。最初は話しかけられたらどうしようかと焦ったが、どうやら観葉植物みたいな人だったので安心する。でも緊張状態はなかなか解かれない。先生に「顔色いいですね」と声をかけられて「あんたに会えるとおもうとね」と返すおばあさん。その隣りでは「トイレに連れてけー」と泣きだすおばあさん。しばらくして、病室につれて帰ってもらったとき、ちょっと調子に乗って立ってみようとしたら、足も体も全く言うことを聞かず、立とうとしたことすら伝わらない謎の動きになった。ベッドに戻って、ならば座るのはどうだろうとやってみたら、やはり背もたれ無しではひっくり返ってしまう。どうやら体が、立ち方と座り方を忘れてしまった。これは筋力の問題だけじゃなくて、三半規管が弱くなってるような印象。ゆっくり慣れていくしかないんだろう。小便をするのにも、最初は寝たままでは出すことができなかったのが、今は寝ないと出せなくなってしまった。もちろん立ったら出来るんだろうけど、少なくともベッドの角度を上げた状態だとまったく出てくれない。歯磨きも、座ったままだとしっくりこなくて、無意識にベッドを倒してしまう。逆に言うと、体の習慣なんて1ヶ月やそこらで簡単に変えてしまえるということか。寛太くんがやって来て、丸亀の展示の動画と写真を見せてくれた。ちょっとしたことで、前よりいい展示になったとおもう。展覧会の最終日にここでやる子供のパフォーマンスが、退院して最初の仕事になる予定。こないだカシューナッツと間違ってかじったイヤホンにとどめを刺してしまったので、アップルストアで新しいものを注文する。値段が高くなってるとおもったら、そうか消費税が上がったのか