古賀さんは、ここが想像していた病院とイメージが違うのだそうで、もっと死神病棟みたいなのを想像してたのかどうか知らないけど、似たようなことを言う人は割といて、おもったよりキレイだとか、大きいとか、新しいとか。いずれにしても、病室を出ることができず、つい数日前まで寝たきりだった僕はまだこの病院の外観も内装も見たことがないので、何ともコメントしようがない。40日も寝泊まりしていて、それなりに馴染んでて意識もはっきりしてるのに、自分が今どんなとこにいるかが分からないままだなんて。新しく入院して来たおじいさんは猫を4匹飼っていて、どうやらその猫がらみで事故にあって運ばれて来たらしい。看護師さんんとやり取りしてる会話がちょいちょい聞こえて来るけど、記憶が曖昧なのか、あまりはっきりしたことを話さない。先週出て行った短気なおじさんも、自分が病院にいることを自覚するのに時間がかかっていたし、運ばれて来て「ここはどこだ」みたいな、ドラマなんかで使い古されたような展開が、実際に身の回りで頻発している。十何年か前に、気がつくと病院にいたということが僕にもあった。病室を訪ねて来る人たちの話だと、頭を打って、しばらくして気を失って、そのまま丸一日以上眠りつづけていたのだという。どうして頭を打ったのかとか、どうやって病院まで来たのかとか自分ではまったく覚えてなくて、どうやら頭を打つ前2日分の記憶がキレイさっぱり飛んでしまっていた。先生からは、消えた記憶はもう戻ってこないと説明を受け、財布の中に半券が入っていた映画は、内容も行ったことも全く覚えてなかった。でも、その2日間の記憶以外はばっちり鮮明で、痛みも後遺症なにもない。頭を打つと、こういうことは普通にあるのだそうで、その後も同じような体験をした知人に会ったりしたけど、どう説明されようが、やっぱり奇妙な感覚だ。今になって考えても。なんかサイバーパンクな気分になってきた。ひとりで大きい音で音楽が聞きたい。イヤホンやヘッドホンじゃなくスピーカーで聞きたい。病院というところは、妄想を深めていくと、どんな世界とも接続可能な気がする