2014年

4月

01日

 

木曜日にギブスをカットすることが決まった。カットして採寸して、今度はコルセットをつくる。ギブスと肌の隙間から菜箸を差し込んで、ゆっくり出し入れしながら痒いところを探す日課が、ついに終わる。それよりなによりストレッチャーに乗ってシャワーが浴びられるのでは?と一瞬テンションが跳ね上がったが、それはまだ却下された。塚原ファミリーが、一昨日刷り上がったというタブロイド紙を届けにきた。バター餅と駄菓子と一緒に。タブロイドには僕が病室から寄稿した中利さんのインタビューや塚原シェフの調理日記も載ってるけど、最後の志賀理江子の手記を読むためにあるような冊子だとおもった。少なくとも僕とcontact Gonzoにとっては。去年の奥入瀬については語りたくない。それは、水産保養所という作品を、その出来事を、まだ自分のなかで何一つ処理できずにいるから。やりたいことをやったし、いい作品だと胸を張って言えるけど、好きな作品とは言いたくない。得たものは多くあっても、壊してしまったものも多い。芸術祭の展示は終わっても、自分のなかでは何も終わらせることができず、ずっとあの場所が気になりつづけていた。春夏秋と長い時間を過ごした場所に、冬の間になんとかして訪れたいと思っていた。そして今月アタマ、ついに訪れたまさにその場所で、うっかり怪我までしてしまったけど。O才の前夜、理江子ちゃんはこの原稿を僕らに読ませるためだけに大阪まで来た。そして僕が読み終わると、本当にそのまま宮城に帰って行った。このテキストで彼女が言葉にしたようなプロセスが、当然僕にも必要だったし、だからそれは日常的に、言葉とは遠いところでやっているつもり。外に出せるのはいつになるかわからないし、かたちになるかどうかもわからないけど、とりあえずやりつづけている。春になって外に出やすくなったのか、今日は珍しく面会がつづいて、夕飯のあと、狭いカーテンの中で3組がごちゃ混ぜになった。面会の終了時刻まであと20分、辰巳くんと中川さんが近所の商店街で買ってきたのは、ホルモン焼きと台湾ラーメンとソースたこ焼き。皆で食べられるものを、と買い物を頼んだのは僕だけど、僕を含めた患者全員が味気ない病院食を食べおわったばかりのこの病室に、アツアツの焼き肉とラーメンとソースの香ばしいにおい、、これは自由すぎはしないだろうか。周りの患者さんに迷惑じゃないだろうか。なんだか悪いことをしているような気になってきて、その場にいた全員が次第にひそひそ声になって、そのうち無言になって、においが逃げないようにフタを開け閉めしながら、アツアツのたこ焼きを頬張って窒息しそうになったり、全く音を立てないまま激辛のラーメンをすすったり、焼き肉のタレを服と床にこぼして慌てたり。口の中がぴりぴりする、痛い、麻痺してきた、タレがこぼれた、焼き肉のタレ、でかい声で言うなや、はやく拭かんとにおいつくやんか、やばい染みてる、焼き肉焼き肉って、声に出してバレたらどうすんねん、、もうとっくにバレてるとおもうし、そもそも誰にバレるのか、何故バレてはいけないのかもよくわからない。でも、ひそひそ声のまま繰り広げられる醜い小競り合いをベッドから眺めながら、病室でこんなバカ騒ぎができるんだな、とおもうと少し嬉しくなった