怪我がなければ今日から東京入りして、明日からはハイネと篠崎さんの新作を見据えた制作とWSの予定だった。篠崎さんがちょくちょく現状報告のメールを送ってくれる。今回の僕の参加はなくなったけど、プロジェクトとしては、この先もなんらかのかたちで継続的に進行していくとおもう。来月行く予定だったヨーロッパの件については、事務的なことも含めたメールのやり取りを信頼できる人にお願いして助けてもらってるのだけど、パリのフェスティバルに一緒に出演する予定だったザビエとは、長年の友情もあって、直接もやりとりしている。ライブでは、僕の代わりはクリストフというパリ在住のビジュアルアーティストの出演が決まったそうで、別でやる予定だったインスタレーションは、ザビエ自身が代役をつとめるらしい、というか、Umechan(と呼ばれてる、ヨーロッパの友人にはわりと)の代わりはできないけど、できるだけのことはやったよ、って書いてるので、どうやらもう設営も終わってるらしい。このフェス、他にはサーストン・ムーアとリー・ラナルドが同じ日にそれぞれソロ演奏をしたりとか、ブリジット・フォンテーヌが歌ったりとか、、、ああ、ミーハーな心理で単純にその場を目撃したかった。本当に残念。カーテンの外で、同室のおじいさんが退院して行った。ここのん味付けうすいやろ?出たら、もっと味の濃いもん食べたいねん。昨日もひとり出てったような気がするので、移って3日めだけど、日に日に静かになっていく印象。現段階、僕をいれて3人かな、おそらく。ひとりはブーブーブーブーおならばっかりしていて、もうひとりは鼻歌ばかり歌ってる。今も唐突に、ね、ら、い、う、ち〜、とワンフレーズだけ。音程はいつも同じだけど、フレーズが違うので違う歌だと認識できる。そういえば以前、東西屋の林さんが、日本人は音色をきいていて音程をきいていない、という話をしていた。松井さんの飛田会館レポート最終回。見送るように立っていると、何人もの人に「あのーそれは何だったんですか?」と日記帳のことを聞かれた。思い残さないようにという感じで。「鍵のかかる日記帳は昔お姉さんたちに人気でした。骨董品屋さんに教えてもらって、私は気に入って手帳にして金庫に保管しているんです」と答えた。「毎日これされてるんですか?」「はい。毎日。1日4回」「あ、、、そうですか」。疲れて集中力に自信なくなってた時は、話しかけられないように廊下を戻って奥の階段を登って退場していた。みやけをくんに「帰るときかっこよかったですね」と言われた。はずかしい。何かいかにもエンディングっぽいから。そのうち一度は、わざわざほとんど誰もいなくなった頃を選んで 笑 地図を拡げて降りてくるハイネさんファミリーとすれ違った