病室は普段から静かなんで、相室の皆さん相当ご年配なんだろう。それでもリハビリの時間になると車いすで部屋の外に出ていなくなるので、朝食後のある時間からお昼までの間は、病室には僕しかいないんじゃないだろうか、てことが時々ある。カーテンの外は見れないし、腰を上げることもできないので、憶測でしかないけど。こんなとき、この狭い空間の中で仰向けになってることがだんだんと不思議におもえてくる。実際に見えているものなんて、狭いカーテンに仕切られた狭い空間の、よくある天井紙の模様だけで、実際に聞こえているのは、空気清浄機の音と、時々伝わって来る洗濯機の振動だけ。でも、本を読むことで、映画をみることで、音楽を聴くことで、自分はどこへだって行ける。実際に動けないことや、体験できていないことに対する歯痒さやもどかしさのようなものは無くて、ただただ楽に、世界とつながっていられるような感覚がある。でも、そんな状態はつづけられない。パフォーマンスの準備があり、原稿の〆切があり、展示のメンテナンスがあり、それ以前に、保険の事務手続きがあり、先の仕事の調整があり、それよりもさらに手前に、日々の食事があり、排泄があり、歯磨きや着替え、起床、睡眠がある。そういった当たり前のことが上手にやれないから、そこに歯痒さやもどかしさが生じる。外の世界とつながろうとしてはじめて、世界との断絶がうまれる。今日は配膳されたごはんと、歯磨き後に口をゆすいた水をベッドにひっくり返してしまった。げんなりしたけど、おかげでシーツと布団を替えてもらえたので、よかったともいえる