個室

微々とまあやんが来て、病室を片付けてった。微々は学校のない土日だけO才に参加してるので、十和田から搬送される車の中から状況を伝えてあったのだが、このとき電話口で、やっぱりや!と言って、前日みた夢の話をしてくれた。O才の準備で会場に行くと僕がいない、のでスタッフの誰かに、梅ちゃんは?と尋ねると、病院、と返されたのだという。それできのうから心配しててん、って。別でO才の現場に参加してる、微々と同い年のなっちゃんは、幽霊が見えるらしい。怖い話とかじゃなく、自分には普通にみえていて、他の人にはみえていないことを普通に知っているだけ。いちどO才のなかでなっちゃんに幽霊のことをききながら近所をツアーしてみたことがあって、それを横目にみていた微々はボソっと、こどもはみんな見えてんで、と言った。うーん、、僕が子供のころはみえてなかったけど。でもトイレの花子さんとか学校の怪談みたいな、都市伝説のような話にはこと欠かなかったから、そういった、子供という集団が全体でつくりあげているシマはたしかに存在した。微々たちと入れ替わりで今度はひらきくんが会いにきてくれた。メロンが売ってなかったから、とメロンパンを持って。ロンドンに帰ってデールに見せるのだといってベッドに仰向けの僕を写真に撮り、かわりに愛娘ツバメちゃんの動画をくれる。ほんと、みればみるほどデールにそっくりな赤ちゃんは、現在O才。O才は今日もまたいろんな人に支えられながらやり遂げることができた。小6の名プレイヤーゆうすけくんも、僕の事故をうけて2度めの参加。僕はきのうとおなじように声だけの参加で、リアルタイムではあるけど、現場の空気感がわからないし、当然何もみることはできないので、状況はつかみづらい。でも終盤、アキビンオオケストラの音がだんだん近づいてくるのが聞こえてきて、そのいつもと変わらぬ淡々とした響きに、なんだかこみ上げるものがあった。ほんの1.4km先には、今日もO才の現場があるのだ、いつもと変わらぬ風景として。終了後はスタッフと出演者の打ち上げが三好でおこなわれた。僕にとってこの西成の山王飛田あたりにおけるブレーカープロジェクトとの関わりは今回が最後。3年前の福寿荘の展示のときも、最後は三好でたらふくご飯を食べた。今回はパフォーマンスのゲストが遠方から来ていたり、展示が終了した後の搬出を早く終わらせなければならないこともあって、最終日前日の今日、打ち上げをすることが決まっていた。僕がケガをしたことで打ち上げ自体なくなってしまいそうな空気が一瞬漂ったけど、それはホントにほんの一瞬のことで、やってもらったほうが気が楽だ、と伝えたら、ですよねー!みたいなかんじであっさり決行された。そして中継でつながれたパソコンの画面の奥で、みんな本当に屈託なくおおいに盛り上がっていて、あまりにうるさいのですぐ音声を切って放っといたら、しばらくして、おやすみ〜、のテキストと一緒に通話自体切られていた。この人たち最高だな、と腹の底からおもう。その後、建人さんと奥さんが病室をたずねてきて、展示の感想をつたえてくれた。遅くても面会が許されるのが、個室の特権なのです