マニラ→ウィーン

マニラでの何日目だか、日本でいうところのちょうどお盆にあたるような日に、大きな墓地をふたつ案内してもらった。お墓の周りに親戚一同があつまって、一日を先祖と共に過ごす。よりそって朝まで一緒に寝たりもするんだって。お墓のありようもそれぞれだけれど、どんな暮らしをしてようが家族のつながりはつよい。展示の制作中ほとんどを美術館周りのバブリーな一帯で過ごして、ちょっと外にでるとバラックが立ち並び、川はドロドロで、道路は排気ガスでモクモクで、どこへ行っても人が陽気で、親切で、シャイだけど人なつこかった。作品でも多くの人とかかわり、一緒につくったりして、ひっくりかえるくらいの衝撃的な事実に触れたりもしながら、時間がたつごとにだんだん愛着がわいきて、そんなおりに大型の台風が来て、パフォーマンスが中止か???なんて事態にもなったけれど、マニラは直撃を避けられてとくに大きな被害もなく、外に設置した作品もなんとか無事で、では南部と中部での被害はどうだったか、小さく済んでよかっただとか、いやたいへんな事態だとか、情報が錯綜しているなかでヨーロッパに移動してきた。空港の待ち時間に、ホテルについてから寝る前に、ニュースの情報が更新されるのを見ながら、ときどき日本の知人から安否を気遣う連絡を受け取りながら、ウィーンにきていまなお、フィリピンのことがついてくる。マニラでは着いた日の夜に教会でミサをみて、出国する日にショッピングモールで少女たちの合唱をきいた。それは前日の台風の被害を支援する義援金あつめのコンサートだったらしい。フィリピンの人は歌うのが好きなんだって。そういえばお墓にもカラオケがあった